ホテルSchaukasten①

岩佐くんはホテルの部屋に入ると、

 

『風呂ためてやるから、入れよ。
温まったほうがいい』

 

と言ってガラス張りの浴室に行き、シャワーで浴槽を軽く流し始めた。

 

 

 

 

 

私はまだ少し吐き気があり、眉間にしわを寄せながらベッドに浅く腰掛ける。

 

その様子を見た岩佐くんは、浴室から洗面器とタオルを持ってきてくれた。

 

『まだ少し顔色悪いな。
我慢しなくていいから。
タクシーの中でやんなかっただけマシ』

 

と笑った後、いかにも残念そうに

 

『あーあ。
ラブホで素泊まりかよ〜』

 

と嘆く。

 

 

 

『素泊まりって?』

 

『据え膳食わないから、素泊まり』

 

そういう意味か、と私は幾らか安堵する。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は岩佐くんの用意してくれたお湯に浸かると、幾分か吐き気が楽になるような気がした。

 

今夜は、甘えすぎ。
完全に、自分のわがまま。
そして同僚を巻き込んでいる。

 

でも今、世話を焼かれることがすごく心地良かった。
岩佐くんがモテる理由がわかる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

お風呂からあがった私を、岩佐くんはベッドの中央に寝かせ、

 

『夜中、つらかったら起こせよ』

 

と言うと、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、キャップを開けてから私に手渡した。

 

『俺はもう少し飲むから。
明日オペもないしー』

 

と、自分は缶ビールを開け、

 

『俺、こっちで寝るから』

 

と、二人掛けのソファに座った。

 

 

 

 

 

 

『なあ。お前、覚えてるかどうかわかんないけど…

オペの後、患者のドレーンからワサワサ血が出てきたことがあって。
それ見て俺、やばいと思って一瞬ビビったのね。

そしたらお前がさ、
“わー、いっぱい出ちゃってるねー”ってすごく冷静で。
んで結局また緊急オペになって。

その時に俺、お前のことを、
“絶対エロいなコイツ。”って思った』

 

『バカじゃないの』

 

あはははと二人で笑った。

 

『あの時二人とも、2日くらい寝てなかっただろ?
多少ハイになっててさ。

んで俺がお前に聞いたの。
“こういう時、睡魔か性欲どっちが勝つ?”って』

 

『私、睡魔って答えたよね』

 

『そうそう。
で、俺は性欲って言ったの。
“だったらお前は寝てていいよ俺ヤッといてやる”って言ったら、お前怒ってたよなー』

 

そんなことあったねー、と笑うと、ふと沈黙してから

 

『…少しは気ィ晴れたか?』

 

と岩佐くんが優しい顔で尋ね、

 

『ひとりで居たくない夜もあるよな。
誰もお前を責めないよ』

 

と、私を見つめて微笑んだ。

 

私は、自分の勝手で岩佐くんを拘束している罪悪感を見透かされているように感じ、彼のフォローを有難いと思った。

 

『じゃ、電気消すぞ』

 

『うん…、』

 

『おやすみなー』

 

岩佐くんの声が彗星のように尾を引いて、薄暗い部屋の片隅に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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