退職 ①

 

数ヶ月の時が流れ、私は29歳になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

医局では若いナースたちが、

 

『岩佐センセー、そろそろ焼き肉とカラオケ〜♡』

 

とおねだりしているが、

 

『あー、ゴメンね。
そういうの全部、中村先生に譲ったから』

 

と、うまくあしらっている。

 

 

 

その横では、読影している孝くんに、あるナースが何かをせっついており、彼は

 

『ちょっと待って』

 

と顔も見ず不機嫌に返している。

 

 

 

私はこの時まだ、孝くんとの微妙な距離に神経を遣いつつも、岩佐くんからの想いにも明確な態度を示してはいなかった。

 

 

 

 

 

 

ちょうどこの時、実家の父が還暦を迎えた。

 

今時60歳などまだまだ若いのだが、最近どうも体調が優れず疲れやすくなったことで、クリニックを毎日ひとりで開けるのがつらいと言い出した。

 

私は週の半分でも父の手伝いができたらいいなと考え、今働いているこの病院を退職したい旨、直属の上司・澤口先生に申し出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日。
岩佐くんにも退職の話をしながら、二人で院内を歩いていた。

 

『今は父が心配だし…
弟はまだまだ帰ってこれないし、私が戻らないと』

 

『そっか…
まあ、今は親父さんのことが最優先だな』

 

『アルバイト雇えば?って言ったんだけどね。
それはどうしても嫌だって言うから…
仮にバイトの先生が来てくれたとしても、うまくやれるかどうか。
父は気難しいから、相手の先生が気の毒よ』

 

親父さんを悪く言うなよ、と岩佐くんにたしなめられ、ふと私はたずねた。

 

 

 

『これから、岩佐くんは?』

 

『俺は専門医取るから』

 

『…そうだよね…』

 

私は、当初思い描いていた自分の計画が、なかなかその通りにいかないことに不安を感じた。

 

 

 

それを悟った岩佐くんが、私に言葉を掛ける。

 

『でもな、仙石。
女性は妊娠や出産で多少ブランクがあっても、専門医はあとからでも取れるし、それも、どうしてもなきゃ仕事できないってわけじゃないからな?
だから焦るなよ』

 

『うん、そうだよね』

 

『それに、内科から外科だと難しいけど、外科の先生が開業する時に内視鏡頑張って、消化器内科のクリニック開けたりもするからな。
その時その時で、お前の最善を尽くせばいいんだよ』

 

岩佐くんにそう言われると、心から安心することができた。

 

 

 

 

そこへ偶然孝くんが通りかかり、私を呼び止めた。

 

『仙石先生、ちょっといい?』

 

『あ、はい』

 

私は嫌な予感がしたが、拒否することはできない。

 

岩佐くんが一礼して席を外そうとすると、孝くんが

 

『ちょうどいい、岩佐先生も一緒に』

 

と引き止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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