宅配便の父は、祈り続けていた。

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「小倉昌男 祈りと経営」

(森健著、小学館)

https://www.shogakukan.co.jp/books/09379879

今、何かと話題の宅配便。日本発の優れたサービスを生んだのが、ヤマト運輸元社長の小倉昌男氏なのはよく知られている。亡くなってから10年以上経った今も、「宅急便」を成功させ、社会に大きく貢献した名経営者としての評価は揺るがない。私もそのことに、全く異存はない。

しかし、ノンフィクションライターの著者は彼が残した著書などを読み、ある疑問を覚えたという。

…どうしてもわからなかったことが三つほどあった。その一つは、退任後、なぜ彼はほとんどの私財を投じて福祉の世界へ入ったのか、ということだ。(中略)いわば明確な目的をもって活動していたのである。にもかかわらず、動機ははっきりしたことがないという。

 疑問の二つ目は、小倉の人物評への疑問だ。外部からの人物評と小倉の自分自身への評価の間には小さくないギャップがあった。

 小倉昌男といえば、経済界では「名経営者」という代名詞のほか、官庁の規制と闘い、行政訴訟も辞さなかった「闘士」というイメージがある。(中略)だが、著書を開くと、大きな声の言葉はまったく見出すことができなかった。それどころか自分自身について語るところでは、「気が弱い」という表現が出てくる。それも一度や二度ではない。

 そして、三つ目の疑問は最晩年の行動だ。(中略)不思議に思ったのはなくなった場所だった。なぜアメリカにいたのかと疑問に思った。

確かに、障がいを持つ人が働けるパン屋さん「スワンベーカリー」を立ち上げたりと、小倉氏には「福祉に熱心」という印象を持っていたが、なぜその世界に足を踏み入れたのか、について明確な説明を目にした覚えはない。経営に当たっている時も、特段福祉に強い関心を持っているわけではなかったという。

その3つの疑問を解き明かすため、丹念な取材を始める。そこで、事業の成功とは裏腹に、彼が私的な部分で人知れず、深く悩み続けていたことが徐々に明らかになっていく。

小倉氏は後年、奥さまと同じカトリックに改宗していた。宅急便拡大で多忙だったにもかかわらず、熱心に教会へ通い、祈りを捧げていたという。その背景にも、抱える苦悶が大きく影響していたのだった。

詳細はネタバレになるのでここでは省略するが、その苦悶は、本当に身につまされるものだった。著者も取材時の苦しい胸の内を明かす。

それは、小倉の抱えていた思いを痛いように共有していく過程でもあった。

小倉氏の悩み続けた半生は、しかし結果としては報われた。そこが、重苦しい事実が延々と続く中で、一筋の光明であり、救いに感じられた。著者は、根気強い取材を通じ、冒頭の3つの疑問を全て解明してみせた。最後に締めくくる。

小倉が向き合い、取り組んできた問題はけっして彼だけに特別なことではないだろう。世を見回せば、似たような境遇の人はいくらでもいるはずだ。だからこそ、伝える意義があると確信し、原稿にまとめた。

本書で著者は小学館のノンフィクション大賞を獲得した。同賞で初めて、選考委員が全員満点を付けたそうな。それだけの価値を持つ傑作であることに、私も全く異議を挟むつもりはない。小倉氏の悩み、生き方に終始寄り添い、淡々と、しかし優しい眼差しを向け続けた著者の姿勢にも大いに共感する。歴史に埋もれた史実を掘り起こし、価値ある情報として提供するというノンフィクションの醍醐味を味わえる、素晴らしい一冊だと思う。

小倉氏の隠されていた半生を明らかにした本書からは、彼の人間臭さを感じられて、一層彼を敬服する気持ちが強くなった。きっと、小倉氏の経験は、多くの人に勇気を与えてくれるだろう。

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