「風と桜という儚さ」

皇居、桜、お堀の漣。風と桜、という儚さを尊い場所で撮りたくて。 『勝谷誠彦の××な日々。』http://katsuyamasahiko.jp/

勝谷誠彦さんの投稿 2017年4月3日

この時期になると、FBにも、桜の花の写真が、いろいろな人たちによって、多数エントリされる。

そして、そのどれもが、めでたい、とか、さいてうれしい、といったような論調なのだ。さて、それだけで良いのだろうか?等と、僕なんかは、見る度に思うのである。

その中で、コラムニストの勝谷誠彦氏は、ほぼ満開の写真に、「風と桜という儚さ」とコメントをつけてエントリした。流石。
加えて、本日付の氏の配信メールには、この写真に関して、「日本人の精神が滅びぬことを願う」とも。

桜とは畢竟、風吹かば散る、正に儚さの象徴のような花なのだ。言い換えれば、散らんが為に咲く。こうして、束の間の生命を咲き誇っているのである。
そんな儚さを思うに、ただ手放しで、さくらがさいたさいた、と喜んでばかりもいられない。これは、我々の姿そのものでもあるからだ。memento moriである。

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