タルコフスキーとジョジョの鮮やかな接点

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今回は、そのまま通販のドリップコーヒーの中編を投稿しようと思っていたのだけれども、急遽それは次回に廻しました。スミマセン…。
代わりに、ちょっとマニアックな(?)話をひとつ。ざっと検索してみたところ、少なくともネット上では、まだ誰も語っていないようだったので、僕が先に書き置くのである。つまり、早い者勝ちのネタなのだw


連休中、ロシア(ソ連)の映画監督・タルコフスキーの『僕の村は戦場だった』をDVDで見た。この作品は、20年以上前に確かNHKで放送されたときに、一度観たような気がするのだけれども、僕はもう殆ど内容を忘れかけていた。当時は、余程ぼんやりと観ていたのだろうか。

最近、武満徹や坂本龍一のいろいろな本や記事などを読んでいると、このタルコフスキーという名をよく目にする。芸術家や映画通の好む監督のひとりなのだろう。ちなみに、坂本龍一の最新作『async』には、タルコフスキーの架空の作品の映画音楽、というコンセプトもあったのだそうだ。
さて、僕は、この『僕の村は戦場だった』の他に、『ローラーとバイオリン』や『惑星ソラリス』も見たことがある。その範囲の中で言えば、タルコフスキーは観念的で芸術的な映画を作る人だ、と考えている。好きな映画監督のひとりだとも思う。(…と言っても、僕は映画通という程ではありませんがw)

それで、『僕の村は戦場だった』なのだけれども、この映画の始まりから35分くらいのところで、若い男性将校と美貌の女性軍医が、白樺の林の中をなんとなしに散策するという場面がある。将校はこの軍医に、片思いをしているのだ。辺りでは、小鳥たちが囀り、キツツキがしきりに梢を叩いている。

そして、林の中に掘られた塹壕を、軍医が跳んで渡ろうとしたとき、将校がそれを手助けする振りをしながら抱き寄せる。(下の写真をご参照)


その次の瞬間、将校は軍医に、いきなりキスをするのである。キツツキの音が一瞬やむ。
そして、この静寂を破って辺りに響き渡る音が、銃声なのだ。「ズキュウゥン、チュイィン…」という。決して戦闘中ではないので、銃声が鳴るのは実に唐突である。
(この後、キツツキが再び梢を叩くようになるまでに、しばらくの時間がかかる…)


しかしながら、マンガ好きの方は、ここで何かお気付きにならないだろうか?

キスシーンと銃声という取り合わせだ。そう、『ジョジョの奇妙な冒険』の、あの余りにも有名な擬音である。(下の写真をご参照)

ジョジョでは、しばしばユニークな擬音や擬態語が使われることは、よく知られている。その中でも、この突然のキスシーンに当てた、「ズキュウウゥン」という擬音が持つ、余りの取り合わせの妙に、読者は当時驚嘆したものだった。(勿論、この場面も戦闘中ではないw)
そして、銃声が付けられたこのキスシーンは、今でも伝説のように語られている。数年前の、ジョジョのアニメ化の際にも、ここは注目の的のひとつとなったくらいなのである。

それで、僕が今回気付いたのは、ジョジョのこの場面は、実は『僕の村は戦場だった』の、この林のキスシーンが元ネタなのではないか、ということだ。つまり、ジョジョの作者の荒木飛呂彦先生の完全な独創ではなかったのかも知れない、と思っている。今から50年以上前に、既にタルコフスキーが同じようなことを映画の中でやっていたのだ。
きっと、荒木飛呂彦先生は、この映画をご覧になったことがあるだろうと思う。美的芸術的センスの非常に高い漫画家だからだ。恐らく、タルコフスキーが創ったこの場面が脳裏に焼き付いていて、ある時それが鮮明に蘇ったのだろう。

僕は、これを決して、パクリであるなどとは言わない。これは、卓抜したオマージュのひとつであり、タルコフスキーと荒木飛呂彦先生とが、時間と場所を超えて結ばれている、創造的で芸術的な接点だからだ。
優れたクリエイター同士とは、しばしばこうして時空を遥かに超えて、何処かで繋がり合うのだろう。僕は、今回、それを鮮やかに見た思いがして、驚きながら、また嬉しくも感じるのである。

(荒木飛呂彦先生がこのキスシーンを描いた時期と、タルコフスキーが世を去った時期が、共に1986年頃と、不思議と近いという偶然性も、最後に付記しておきたいと思う…)
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上のジョジョの写真の出典は、この本です。全2巻。

『ジョジョの奇妙な名言集 part1〜3』
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