自衛隊のヘリコプターの写真を幾つか。あと、僕も転んで肋骨を折ったことがあるのだ…

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トップの写真は、先週末の日中に撮ったもの。自衛隊のヘリコプターがうちの真上を通過したときに、ニコン P900でズームして撮影した。機種は多分、UH-1だろう。
コクピットのガラスが青く透過して見えているのがリアルだと思う。機首のアンテナ類や、よく見ると機体下の赤いランプまで写っている。欲を言えば、もう少し明るめに撮りたかった。でもまあ、咄嗟の撮影だったので、仕方がないかな…。


さて、このブログ「カツブロ」のプロデューサー(?)でもあられる、コラムニストの勝谷誠彦さんが、10日ほど前に軽井沢で転倒して肋骨を数本骨折されたそうだ。勝谷さんの配信メール『勝谷誠彦の××な日々。』の4月7日付に書かれていた出来事である。どうぞ、お大事に…。
肋骨は、例えば転んだりすると、割と簡単に折れたりヒビが入ったりするものなのだろう。そして、とにかく痛い。呼吸や睡眠など、日常生活の中の、特に生命維持活動に差し障るほどである。…というのも、僕にも経験があるからだ。

もう、10年くらい前のことになる。会社員時代のことだった。僕は、あるメーカーで、輸出入関係の仕事をしていた。以前の投稿で、マレーシアの友人、Yさんのことを書いたけれども、彼はその当時のカウンターパートのひとりである。
そのYさんのマレーシア企業とは別の会社になるけれども、彼の地の企業を経由して、台湾から大型機械を導入しようということになった。価格は、約3000万円。僕のいた会社にとっては、謂わば一世一代の大きな買い物である。

上の写真は、ネットの拾い物。でも、正しくこれと同じ機械だった。一種のプレスマシンである。高さは4mくらいあろうかと思う。幅は、横に据え付ける付属の機械類も含め、10m以上はあった。
そこで、僕はマレーシアの企業とコレポンを行い、輸入の段取りをつけた。台湾で製作されたプレスマシンの完成品は一旦バラされ、海上コンテナ3つに積み込まれる。それを、日本で再び組み立てることになるのだ。

その組み立て作業などのために、マレーシアから4人、台湾からふたりが来日することになったのである。こちらの社内で英語使いは、僕ひとり。従って、空港への出迎えと、組み立て場所への案内なども全て、僕が行うことになった。
彼らが来日する日に、僕は会社のワンボックス車を駆って、空港へ出向いた。駐車場へ行き、取り敢えず車を停めておく。それから入国ゲートへと向かうつもりだった。

そして、車を降りた際、隣に空いた駐車スペースで僕は激しく転倒した。吉増剛造だったか黒田三郎だったか、「彼女はもんどり打って倒れた」というような詩の一節があるけれども、僕も文字通り「もんどり打って倒れた」のである。
よく見ると、そのスペースに油が黒く溜まっていたのだ。多分、その場所に以前停められていた車から漏れていたのだろう。僕は、それに滑って、足を取られたのだった。

起き上がった際に、今まで余り感じたことがないような痛みが、左胸にあった。正確に言うと、中学生のときに、スキーで転んで左脚を折ったときの痛みとよく似ていた。つまり、折れたのではないかと。
少なくとも、ヒビは入ったのだろうという気がした。2本くらいだろうか。でも、入国ゲートでは、マレーシアと台湾からの客人が間も無くやって来る。ここで何時迄もジッとしている訳にもいくまい。

漸く起き上がってゲートへ行き、彼らを出迎えた。あとは、車に乗せて、運転すること約3時間。途中で食事もしなければならない。会話の相手もする。作業の打ち合わせなどである。
それから、彼らを組み立て地まで案内して、僕の仕事はこれで終わり…ではない。その日から約1週間、マシンの組み立て作業が完了するまで、こちらのスタッフ(つまり日本人)との間に立って、ずっと通訳の真似事をしなければならないのである。

これが、実に忙しかった。作業は2、3箇所で同時進行的に行われるため、僕は彼方で呼ばれ、また此方へ呼び戻され…の繰り返し。痛む左胸を押さえて、広大な作業場を縦横に行き来した。
1日の作業が終わるのは日がとっぷりと暮れてから。そして、マレーシアと台湾からの皆さんを、予め取っておいた旅館へお連れして、夕食を共にする。僕も、そこに宿泊するのだ。

1週間あまり、ずっとその繰り返しであった。毎日、クタクタに疲れるので、夜は泥のように眠る。しかし、寝返りを打つと、左胸に電撃が走るので、夜中にしばしば起こされたものだw
色々ありながらも、漸くマシンは完成した。試運転も上々である。しかし、僕にはまだ仕事が残っている。皆さんを空港までお連れして、無事見送らなければならない。

そして、その後に残った処理などを済ませた頃には、既に2週間以上が経過していた。左胸には、まだ痛みを感じていた。でも、今更病院に行こうなどとは思わなかった。もうここまで来たら、放っておけば治るような気がしたからだ。
プレスマシンの稼働が十分軌道に乗った頃には、転んでから1ヶ月以上が経っていた。初期の痛みは、かなり治まってきた。どうやら、治りかけたようである。その内に、とうとう痛みも消えてしまった。

そんな訳で、会社員生活の中で多分最も忙しかったであろう時期に、転んで痛めてしまった左胸。遂に、なんの手当てもせずに(したことと言えば、手で押さえて摩るくらいで)、治って(?)しまったのである。
全く、今こうして思い出してみても、大変だったなあと思う。そのときの作業時に履いていた靴は、だいぶボロボロになったけれども、今でも捨てずに取ってある。かのプレスマシンも、きっと会社で順調に稼働中なのだろう…。


さて、先日、ちょっと珍しいヘリコプターの写真を撮った。機体の塗装は、下のように、全体的に白っぽい。これが何のヘリか、お分かりになるだろうか?

写真をよくよく見ると、側面に「陸上自衛隊」と書かれているのだ。尾部には、日の丸の塗装もある。しかし、この辺りをしばしば飛んでいるUH-1やCH-47などのように、グレーや迷彩色の機体ではない。はてさて。

ちなみに、この白っぽいヘリコプター、2機連れ立って北上していた。連れ立って、と言っても、前後2分間くらい空いていただろう、と思う。2機目がやや出遅れたのか、どうか。下の写真は、上の機体の別アングル。

このヘリコプター、陸上自衛隊所属の、何と要人輸送用ヘリなのである。ユーロコプター EC-225の特別仕様版らしい。内閣総理大臣が搭乗することもあるという、VIP用の機種なのだ。これは、凄い…。
この日、午後2時頃に、2機が北へと向かって飛行して行った。誰がどのような用事で搭乗していたのか、その辺りについてはよく分からない。そして、約1時間10分後…。

先程の2機だろう。上の写真のように、今度はピタリとくっつくようにして、南下して行ったのである。要人の輸送が無事済んで、帰還するところなのだろうか?

上は、南下する2機の内のひとつをズームして撮ったもの。お役目、大変にご苦労様です。僕はそう感じながら、遠く空の彼方へと消えていくふたつの白い機体を、暫し見送ったのだった…。

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昨年、東京の国立新美術館で開催された展覧会、「新海誠展 『ほしのこえ』から『君の名は。』まで 」。僕は生憎と、観に行かなかったのですが、先日、下の公式図録だけ購入してみました。新海誠作品については、各映画作品の絵コンテ集や美術画集などが数多く出版されていますが、この図録は、それらの総集編的な位置にあるのでは。解説などの文章も多数。更なる作品理解や、僕自身が風景写真を撮るときの何か参考になるように、と思っています。

『新海誠展 「ほしのこえ」から「君の名は。」まで 』
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