応用倫理学という枠組み ~奥多摩で「人間の現在」を読みはじめる #2

赤座林です。奥多摩の友人宅に泊まっています。
家の目の前に秩父山系の山々がでーんと居座っているんですが、その視界のなかを赤とんぼが乱舞しています。もう秋の気配が漂っています。
日中はまだまだ暑いですが、朝晩は過ごしやすくてうれしいですね。

「人間の現在」、いまは第1巻目(文庫化)の「はじめに」を読んでいる。今週はここを読む予定。

この「人間の現在」が東大での講義だと昨日言ったが、大学では「応用倫理学」という枠組みでの講義となった。
そのシラバス(課程科目紹介)が紹介されている(1996年度版)。その内容が「人間の現在」を端的に表現したものだからアップしておく(改行は引用者による)。

○講義題目 人間の現在
人間はどこから来て、どこに行こうとしているのか。マクロに見た人類史の総括。自然の中の人間の位置づけ。
エコロジーとエコノミー。ポリス的動物としての人間の歴史。
人類社会の破綻要因の諸相。終末論の可能性とブレークスルーの可能性。テクノロジーの限界。現代知識社会の変貌と危機。
パラダイムの転換(パラダイムシフトのことか:引用者註)
自然はどこまで経営可能か。
生き方の問題。
倫理学の再構築。
大学は何を学ぶところか。

立花さん自身、これまでの彼の関心は「人間はどう生きていくべきか」という問題であり、それについていろいろ書いてきたという。
たぶんに「応用倫理学」の趣があるので、その枠を借りての講義となったという。(つづく)