能書きは要らない

新聞記者に関するコラムがつづいたので、勢いでもうひとつ。

本田靖春というノンフィクション作家がいた。もとは讀賣新聞の社会部記者で、会社を辞めてからも〈書き手〉として終生「社会部記者」を身上としていた。

彼の著作から、ウナギに関するエピソードをひとつ紹介する。
本田の尊敬する社会部記者(朝日新聞の)が、ウナギの名産地・浜名湖を訪れ、そこに江戸時代からつづくという蒲焼きの老舗を訪れた。
エピソードはそのときのもので、本田はそのエピソードを読んだ印象を、自分の本でこう語っている。

浜名湖の周辺だったと思うが、江戸時代から続く蒲焼きの老舗あり、門田氏(名文家と知られていた朝日新聞社会部記者で、編集局長にもなったが朝日新聞の社主家の藤村於藤と折り合いが悪く、自ら社会部を希望して編集局長から平記者になった。:引用者註)はこの店を訪れる。

お相手をするのはこの道ウン十年の、七代目だか八代目だかに当たる主である。うなぎは開き三年、刺し七年とかいって、焼くようになるまでには、長い修業を積まなければならない。だが、もっと年季がかかるのが焼きで、主にいわせれば焼き一生であるという。
彼の手の指は、やけどでひっれて、内側に折れ曲がったまま伸びなくなっている。長年、備長炭の熱に焙られて変形してしまったのである。それだけ年季を入れていても、満足に仕上がるのは一日にせいぜい一串か二串なのだそうである。
蒲焼きと一口にいっても奥が深いものなんだ、とは思わせるが、料理人の自慢話の定型にややはまり過ぎたきらいがないでもない。だが、なぜか、皮肉が持ち味の門田氏は、その片鱗さえみせず、淡々と主の語りを追う。それでいて飽きさせないのは、さすがというべきか。

ところが、文章は終りにきて、突如、冴えを発揮する。
「ところで先生、どういうところを差し上げましょうか」と向き直る主に、門田氏のひとこと。
「何でもいいから、なるべく能書のつかないところをくれ」
文章はそれで締めである。
すかっとしませんか。このあたりがいかにも社会部記者なんだなあ。権威とか権力とかに、おいそれとは恐れ入らない。そんなことは恥ずかしいと心得ている。社会部記者気質の一端がそこにのぞいている。

小気味いいというのは、こういう話ではないか。

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