【芥川賞直木賞予想 #158-4】前田司郎「愛が挟み撃ち」

前田司郎「愛が挟み撃ち」(「文學界」2017年月号所収)、読了。
俊介と京子は結婚6年目。それぞれ40歳、36歳とそろそろ中年の域に差しかかろうという年齢だが、俊介は子どもを欲しがっていた。
検査の結果、原因は俊介にあり、しかも治療の余地はなくこのままでは子どもは諦めざるを得ない。
諦めきれない俊介は考えた末に、旧友の水口に頼むことにした。つまりは水口の子どもを京子に産ませ、その子を俊介と京子で育てるのである。
水口は俊介の親友のような存在である。
彼は京子とも知り合いだった。というか、京子の片思いの相手。
一方で、俊介は知り合った最初から京子に惚れた。そんな俊介を京子は相手にしなかった。
京子とのことで俊介は水口と揉めて、以来15年連絡を絶っていた。
15年ぶりの再会はあっけないもので、俊介はその場で「京子と子どもをつくってくれ」と依頼する。京子との回数は決められ、カネも支払うと約束をかわした。
京子はけっきょくその考えに乗った。
水口も乗った。水口は俊介を愛していた。
3人のいびつな感情は、それゆえにかみ合わせが悪いままに進み、最後に一気に爆発するかのようだ。
いびつな感情の展開と着地点を、わたしたちはどう受けとめるか。
愛することと狂うこととは表裏一体なのかもしれないと、読み終わってぼんやり考えるうちに、ラストの狂気じみた子作りも〈あるべき着地点〉なのではないかと思えてきた。「愛」を信じていない男ふたりと、「愛」を信じたい女ひとり。そのあいだに生まれ出た実体としての「愛」。彼らの行き着く先の破滅を予感しつつ、この小説を静かに讃えたい。

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