グレン・グールドのCDでちょっと面白いものを見つけた。なるほど、こういう盤もあったのか…

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先達ての投稿にも書いたように、今月は偶々、半月や満月が日曜日にあたるのだ。例えば、先々週の日曜日は上弦の半月、先週の同じ曜日(つまり丁度一週間前)は満月であった。

さて昨夜は、暦の上での月の出が、日付を跨いで午前零時以降だった(=日曜日になった)ので、これはもう半月だと言っても良いのではないかと思ったのである。まあ、希望的観測だw
そして、零時半を過ぎると、近所の桜並木の枝の向こうに赤ら顔で徐々に昇って来る月が見て取れた。では、いよいよニコン P900を手に撮影だ。まず、枝を入れた幽玄な構図で2枚。その内の1枚がトップの写真だ。

その後、幾分高く昇ってから、また1枚。しかし、この夜はどうも、シーイングが良くなかった。仰角がまだ低かったせいもあろうか、クレーターを大写しに撮るも、あまり綺麗ではなかったので、そちらの写真は没にしたのである…。

そういえば、僕が上の写真を撮った2時間くらい後に、星空アーティストのKAGAYAさんが「下弦の月です」と書いて、同様に撮りたての写真をSNSに上げておられた。やっぱり、今回は月昇と共に半月、という理解で正しかったんだな…。


さてさて、図書館には、時折SACDが所蔵されている。所謂ハイブリッド盤という、普通のCDプレーヤーでも(そのときは普通のCDとして)再生できるタイプのSACDだ。

先日、グレン・グールドの手による名盤中の名盤たる、バッハ『ゴールドベルク変奏曲』のハイブリッドSACDを図書館で見つけた。タイトルは『バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年)の再創造』という。(写真では中央下)

グールドはデビュー当時と最晩年の少なくとも2回この曲を録音しリリースしたけれども、このSACDは1回目のものであることがタイトルの「1955年」から分かった。早速、借りてみた。

ところがである。ケース背面の記述やブックレットをよく読むと、只のSACD化ではないようだった。直訳調の日本語文で色々なことが小難しく随分と書いてあったのだ。
要約すると、この曲のグールドの演奏を、米国のある研究所が独自に開発したコンピュータソフトで解析し演奏データを作成、それをヤマハの最高級自動演奏ピアノに弾かせて録音した、ということらしいのである。

このSACDの発売は、彼此13年も前だった。そんな以前に、このようなある種、夢のような技術が実現していて、CDまでリリースされていたとは、寡聞にして全く知らなかった…。
僕は、グールドのバッハ全集のCDボックスやら、他にも幾つかCDやDVDや書籍を所有している程度のファンであるにもかかわらず…である。いやあ、不勉強だったな。

さて、このSACDを聴いてみると、1955年の録音時に使用されたスタインウェイとは打って変わり、ヤマハの音は何とも円やかで柔らかだ。それが第一印象。弾きっぷりは流石、グールドそのものだった。
あと、ステレオ化およびハイレゾ録音されたメリットも感じた。とにかく高音質なのである。実物のグールドがいない謂わばヴァーチャルな演奏なので、あの呻き声や物音が一切入っていないのも大きな特徴だ。

ひと通り聴き終えた後、元の1955年録音のCD(上の写真では左上のジャケット)も聴いた。アリアの冒頭部分からヒスノイズ混じりで、加えてカサっという何かの雑音も一緒に録れてしまっていることに改めて気づく。
また、ピアノ演奏のタッチは、ヴァーチャル盤よりも遥かにダイナミズムに溢れている。総じて、そこにグールドが確かに存在していることを実感させられるのだ。

そうなのだ、ヴァーチャル盤は、グールドの演奏をそっくりに再現してはいるけれども、かの天才ピアニストの臨在を殆ど感じさせないという、実に不思議な世界がそこに出来上がっている。
とどのつまり、リスナーにとっては、この不思議さを許容できるかどうかが、このCDの受容如何を決めることなろうかと思う。僕は、正直に言うと、これはありだ、と感じた。

何故かと考えてみるに、僕は音楽を聴く側においても、作る側においても、正にコンピュータミュージックど真ん中の世代なので、ひとの手指を直接に介さない演奏であったとしても、何の違和感もなく聴いてしまうということなのだろう。
例えば、僕は坂本龍一がピアノ演奏したデータを数曲分、所有している。昔、あるCDの限定特典として付属していたものだ。それを時折、うちにあるシンセサイザーのピアノ音色などで鳴らして楽しむことがある。つまり、これもヴァーチャルな坂本龍一の演奏なのだ。

僕にとっては、今回のグールドのSACDも、そういった方向性の延長なのである。だから、違和感を特段には感じないのだと思う。
しかし、延長線上とはいえ、テクノロジーは随分と遠くまで来たものだなあ、という感慨は十分にある。そのような点で、これは稀有に興味深き一枚なのだった…。

さて、バッハ『ゴールドベルク変奏曲』は全32曲で構成されている。しかし、このSACDには、64トラックまで収められているのだ。では、残りの32曲分は何か?ダミーヘッドというものを用いて、同じ演奏が再度収録されているのである。

ダミーヘッドとは、人間の頭を模した集音装置のようなものである(上の写真をご参照)。これを使って収録(バイノーラル録音という)した音をヘッドホンで聴くと、あたかも自分の頭の周囲で音が鳴っているように聞こえるという効果がある。
まあ、平たく言えば、立体音響の一種だ。僕は高校生の頃だっただろうか、NHK-FMのラジオドラマでダミーヘッドの音響を初めて体験した。その迫力に刮目したものだ。嗚呼、懐かしい…w

翻って、このSACDのバイノーラル録音はどうか?これがどうも、その昔に体験した程のものではないような気がする。ちょっと迫力不足なのだ。
勿論、ヴァーチャルなグールドの演奏はとても良い。その一方で、ダミーヘッドの効果が期待よりは薄かったという意味である。バイノーラル録音は、ピアノ演奏には余り効き目がないのだろうか?はてさて…。

そして、きょう。グールドの最晩年(1981年)に録音の『ゴールドベルク変奏曲』を聴いた(上の写真では中央上のジャケット)。このレコーディングでは、ヤマハのピアノが使われたという話がつとに有名だ。
高次倍音を多く含むのかクリアな音色のスタインウェイに比べて、ヤマハは割と音が柔らかめのようだけれども、就中ヴァーチャル盤のヤマハは1981年録音の音よりも遥かに円やかに感じる。きっと、ミキシング時におけるイコライザ設定などの影響も多分にあるのだろう。

つまり、今やピアノの音色的にも3種類ものグールド『ゴールドベルク変奏曲』のCDが揃ったというわけだ。実に面白いことになっているw テクノロジーの発展は、このように音楽の録音や演奏の歴史にもまた影響を与え続けているのだ。
(ちなみに、上の写真で右のジャケットのCDは、1955年盤を疑似ステレオにミックスし直したもの。音質が落ちてしまい、余り評判は良くないようだけれども…)

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こうして、コンピュータを用いることによって演奏データを集積されたグールドですが、更にこれをAIで解析して仮想グールドを創り上げることも可能でしょう。きっと、もうそのような研究も進んでいるのかも知れません。確か、昨年そういったAIグールドに関するニュースがあったような…。今後の展開に興味が湧きますね。

『グレン・グールド/バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年)の再創造~Zenph Re-Performance』(Hybrid SACD)
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