ある登山家と首相の言葉と

02 日記
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本日、東京都には4度目の「緊急事態宣言」発令が決定され、なし崩しに開催が決定した東京五輪はその宣言下で実施されることになり、ついでに4都県の会場については「無観客」と決まった。

東京五輪、都内全会場の無観客決定 政府と組織委、IOCなど5者協議(時事通信) – Yahoo!ニュース

〈コロナ対策禍〉の極北だろう。
橋本会長は「大変申し訳ない」みたいなことを言ったようだが、宣言決定した当日に有観客決定ともなれば、科学的根拠云々というよりもタイミングとしてアホとしか言いようがない。まあほどほどの妥協点なんでしょうねー(棒読み)。

ここのところ仕事が終わるとぐったりして、勉強のテキストを開く余裕がない。代わりに、子どもたちと録り溜めたTV番組を観ていたりするのだが、今日は「欲望の資本主義2019」と、つづいてエベレスト登山途中で客死した栗城史多のNHKスペシャルを観た。ずいぶん長いこと録り溜めていた一本だ。子どもたちは番組が始まってから風呂に浸かってしまった。

NHKスペシャル | “冒険の共有”栗城史多の見果てぬ夢

一時期、わたしも彼のことを面白い人だなと思って、たまたまあたった講演を聴きに行ったりしていたけれど、エベレストを目指す頃から忘れていった。時期的にはちょうど子どもが産まれたあたりで、そちらの世話が今よりも忙しくて、山だの「冒険の共有」だのといった話なんぞに見向くような余裕はなかったのかもしれない。

“賛否両論の登山家”栗城史多さんとは何者だったのか | 文春オンライン (bunshun.jp)

この番組のなかで、彼にアドバイスをした登山家が言っていた言葉が、アタマに残っている。
曰く「山を見て登るのではなく、自分を見て登れ」。
自分の実力にあった登山をしろということなのだが、番組で栗城がカメラ越しに吐く言葉の数々がずいぶん空虚なものに思えて仕方なかった。それは、単にわたしがこの番組を彼の死後に観ているからなのかもしれない。結果からその時を見ているのかもしれない。

そしてその空虚さは、例えば菅首相の記者会見の言葉の薄っぺらさとどうにも重なってしまう。薄っぺらさというよりは、言葉のインフレみたいなもの。感動だの夢だの安心安全だの、連呼と多用が言葉が帯びていた重みと感情と背景とを気化させていってしまう。

今日も原稿を噛みながら読んでいた菅さん。なんとなく元気がないような気がするけど、大丈夫ですかね。いや、首相のお身体も、五輪開催もなんですけどね。

 

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