『カーボン・アスリート 美しい義足に描く夢』
(山中俊治著、白水社)
http://www.hakusuisha.co.jp/book/b205931.html
何年も前、初めて、スポーツ用の義足を付けたアスリートが陸上競技に挑むのを見たとき、「美しい…!」と思ったのを覚えている。人と義足が一体となり、しなやかに機能していたからだ。著者は、カーボンファイバーのブレードを付けた選手を「カーボンアスリート」と呼ぶ。本当に、カーボンアスリートは、しなやかで力強くて、美しかった。
この本は、私と同じように、スポーツ用義足からパワフルさと機能美を感じた著者のプロダクトデザイナーが、より美しい義足を生み出すため、学生たちと取り組んだ苦悩の歴史だ。
海外のアスリートが義足でスポーツに臨む映像に魅入られた著者が、2008年に初めて日本国内で、アスリートが装着しているスポーツ義足を見た時、次のような衝撃を受けたという。
全体としてのフォルムには映像で見たのと同じ躍動感があった。しかしその細部に、美しいと思える要素がとても少ないことに少しショックを受けていた。
著者が指摘する通り、当時のスポーツ義足は、欧米に比べて明らかにデザインなどの面で遅れていた。無骨な、無機質なデザインにとどまっていた。この経験が、「Suica」の改札機などをデザインしてきたプロダクトデザイナーとしての本能を多いに刺激したようだ。
彼は性能とともにデザイン性にも優れた新たなスポーツ義足の開発に取り組むこととなった、慶応義塾大学の研究室のメンバー全員に語り掛ける。
宝物を見つけたと思う。だれも手をつけていない宝石の原石のような物だ。私のこれまでの経験からすると、ここには輝かしい未来がある。だれもがデザインを必要としていることは明らかなのに、それにみんな気がついていない。もちろんそこにデザインを持ちこむのは簡単じゃないし、どうやったらデザインが導入できるのかもわからない。しかし、ほんの少し何かをすることができれば、歴然とした効果が現れるだろう。君たちは幸運だ。こんな未開の荒野が広がっている光景が見られることはめったにない。
難問にぶち当たって、怖気づいてしまう人もいれば、逆に意欲を持って立ち向かおうとする人もいる。著者は明らかに後者だった。開発のリーダーがそうした人物だったこと1つを取っても、このプロジェクトには成功への道が開かれていたと思う。
彼の予想通り、実現までには相当な困難が待ち受けていた。技術的な難しさ、さまざまな関係者との調整、限られたスケジュール…。大学だけに、1年経てば卒業してしまうメンバーもいる。そんな中でモチベーションを保ち続けるのは相当厳しかったはずだ。しかし、著者と開発のメンバーたちは、義足を作るプロの義肢装具士や当のアスリートたちと信頼関係を構築し、着実にハードルを乗り越え、アスリートに受け入れられる製品を完成させていく。
デザインがスポーツ義足の世界を大きく変えた。スポーツ義足はもはや、アスリートが活躍するための「当たり前」のものになりつつあるだろう、いや、もうとっくの昔に「当たり前」になったのかもしれない。
本書が紹介してくれたのは、スポーツの世界に大きな変革をもたらした意義ある話でもあるとともに、そうした意義あるプロジェクトを成功させた著者が、プロジェクトマネジメントの指揮者として成長していく話でもあった。デザインとは何と素晴らしい世界だろうか!