性別には、こだわらず。

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失礼ながら、山崎ナオコーラ氏の著作は、それまで読んだことがなかった。

この一冊で、その一端を掴めたような気がする。

彼女が出産を経て、子供が1歳になるまでのエッセイ。緩いんだけど、緩いだけじゃない。不思議な味わいが広がる。

出産に至るまでの間、彼女ははっきりと決意する。

私は赤ん坊に対しても、自分らしくないことをする気はない。赤ちゃん言葉なんて決して発しない。母親っぽい声は出せなくていいや、と思う。

妊娠中に、「母ではなくて、親になろう」ということだけは決めたのだ。

親として子育てするのは意外と楽だ。母親だから、と気負わないで過ごせば、世間で言われている「母親のつらさ」というものを案外味わわずに済む。

母親という言葉をゴミ箱に捨てて、鏡を前に、親だ―、親だ―、と自分のことを見ると喜びでいっぱいになる。

そう、彼女の視点、思想を貫くのは、性別にこだわらない、1人の人間として子供に接する、ということ(なので、本書でも子供の性別は明らかにしていない)。

「親と子は似ているはず」だなんて考えには拘泥しない。夫が心優しく、全然力強さを感じなくても全然問題ない。自分の方が稼ぎが多いから世帯主になることもいとわない。使いふるされたようなイメージを、子供や家族に押し付けることもしない。

育児エッセイといいつつ、本業の作家業に関する悩みや迷いも、驚くほど正直に吐露している。そして、こうでなければ!とスタイルやら外観やらにこだわる人たちには、冷徹な視線を投げ掛ける。

ときどき、自分の判断で育児や家事を頑張り過ぎたのに、「男が時間をくれないから」と男性を批判する女性がいるが、真のフェミニストは、むやみに男性を批判したり、不満を訴えるのではなく、冷静に社会構造を変えていくのではないか、と私は思う。

卑屈にならない。むやみに従順にはならない。かといって自分の弱みも隠さない。

このへん、賛否両論ありそうな感じだけど(実際、書評サイト見ていると結構ネガティブな反応している女性もいる)、私はそこに、すがすがしさすら感じる。そして、作家という仕事を、心から愛していることにも。

目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」ことだとか。文章を書くものの端くれとして、この気持ち、分かるわ~という感じ(^^♪ これからは、本業の作品を追い掛けてみたくなる、じんわりと味わいが広がる一冊でした。

あと、表紙や文中、帯のイラストがヨシタケシンスケ氏。これ大事!やっぱいいな~、この絵。

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309025803/

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