クラウドにある思い出をシステムが不意に取り出してくれる時代になった …ような気がする。
6年前の写真。
Facebookが時々オススメしてくれる◯年前の写真ってやつで、出て来ました。
楽しそうでしょう?
みんな明るく集まって飲んだり食べたりしながら、話してるんです。
でも、これ、2011年の陸前高田です。
震災から2ヶ月ちょい経ったところ。
まだまだ水も電気も不足してる頃です。
住民の皆さんが手作りした津波浸水域から外れた高台の共同のお風呂の前の、これまた手作りのカフェの写真。
だから、本質的なところでは、決して楽しくないんですが、なんというか「たくましいな」とか「場」を作ることって大事なんだなとか、色々考えさせられました。
未だに、このあたりのことは、いろんな人の話を聞きすぎたが故に消化出来ていないような、整理仕切れてないような複雑な思いがありつつ、記憶から薄れつつあったことを、こうやってFacebookのシステムによって再び撹拌されるように断片が出てきて、そこにつられて、その時の思いまで蘇ってくるのは、すごく素敵なことなのかもしれないって思ったり。
人間の記憶の一部もクラウドにある時代なんだなぁ、今って。
クラウドにある思い出をシステムが不意に取り出してくれる時代になったわけです。
すごい未来が来てると思いませんか?