とても貴重なご本を頂戴した。これを形見だと思い、いつまでも大切に使っていきたいと思う…

先達ての投稿の最後にも書いたけれども、今月逝去された、ピンちゃんというブロガーの遺族の方から、ピンちゃんが生前使っていた書籍を頂けることになった。

それが宅配便で届いたのである。本の名前は、『大学入試 必修物理』という。上下の全2巻だ。版元は、駿台予備学校で、彼此もう30年以上前に発行された。既に絶版である。
僕は、この本がピンちゃんのブログで紹介されていたのを読んで、ぜひ息子にも読ませてみたいと考えるようになった。それは、昨年の秋のこと。ピンちゃんは癌闘病中ではあったけれども、容体は安定していて自宅療養中であった。

ピンちゃんは、自宅アパートで、この本を使って物理の総復習に取り組んでいた。実は、この『大学入試 必修物理』、大学入試と銘打ってはいても、受験にはあまり役には立たないらしい。ピンちゃんが、そう書いていた。
では、どんなレベルなのかと言えば、高校や大学入試のそれを超えて、大学の物理の勉強に手が届きそうなくらいらしいのだ。つまり、高校の物理の勉強だけでは飽き足らない、という生徒向けなのだろうか…。僕は、そう解釈した。

だから、ピンちゃんのように、大学で物理学を専攻され、理学博士号まで取られた人が復習に使うことが出来るのだろう。そんな、ハイレベルな内容の学習参考書なのである。
僕の高校2年の息子も、物理の勉強は大好きである。中学生のときから、理科と数学の成績(…だけ)は、抜群であった。高校に進んでも、それは全く変わらないどころか、むしろ加速度を増しているようだ。

僕は昨秋、ピンちゃんのそのブログ投稿を読んでから、息子に、こういう本があるんだけれども読んでみたいかどうか、訊いてみた。息子は、とても興味を示したのである。
早速、Amazonやら、ネットオークションやら、書籍一括検索サイトやらで探してみたけれども、いかんせんかなり昔の本である。新品ではまず出回っていない。

一方で、中古本では、稀少本の人気を反映してのことだろうか、結構なプレミアム価格になっているのだ。これでは、とても手が出ないなあ、と思い、一旦は諦めた。
ピンちゃんとは、ブログ上で何回かのやり取りというか、お付き合いがあった。僕が、理系の進学や、そのための勉強について、少し相談のようなことを持ちかけたのである。

すると、ピンちゃんは、その都度、端正な文章で、返答や助言を返してくれた。実に、有難いことである。僕は、その内容を、息子に伝えた。
例えば、英語の勉強である。息子は、英語が大の苦手なのだ。その勉強を避けているときもある。しかし、ピンちゃんは、理系に進むときも英語学習は重要ですよ、と仰る。大学でも英語で書かれた論文など、文献を読む機会があるからだ。

そういった感じで、十数年も続いたブログの中では、僅かばかりではあったけれども、ピンちゃんとの交流があったのだった。

そして、今月上旬に、ピンちゃんは、お母さまとお兄さまに見守られながら、息を引き取った。ブログには、逝去後1週間ほど経った頃だったろうか、お兄さまから、その旨の書き込みがあったのだ。
僕は、深夜にそれを読んで、嗚呼遂に…と思った。病状が余り良くないことは、先月末頃から伝わって来ていた。きっと回復してまたブログに戻って来てくれるだろう、と思いつつ一方で、ひょっとすると…とも考えていた。

ピンちゃんのお兄さまは、その後、ピンちゃんのアパートの部屋を引き払うことになったので、部屋に残された本で、もし欲しいものがある方がいらっしゃれば、お送りいたします、と書き込みをされた。先週のことである。
僕は、それを読んで、数ヶ月前にピンちゃんがブログに投稿していた『大学入試 必修物理』のことを思い出した。僕は、ピンちゃんのお兄さまに宛てて、逝去のお悔やみを申し上げるとともに、昨年ピンちゃんとやり取りがあったことなどをメールした。

その中で、もし出来れば、『大学入試 必修物理』の上下巻を形見として分けてください、とお願いしてみたのである。すると、その本であれば部屋の中から見つかるでしょう、お送り出来ると思います、という返事が、その日の内に送られて来たのだった。
昨秋、ピンちゃんのブログを読んで、是非とも手にしたいと思っていたけれども入手の術がなかった書籍が、驚いたことに、そのピンちゃんご自身から頂戴できることになったのである。

お兄さまからの、その後のメールには、この本を送るのはピンちゃんの遺志でもあると思う、という旨の一文が添えてあった。きっと、そうなのであろう、と僕も思う。
人は、人と行き交う中で、実に様々な綾を織りなすものだ。それは、実に複雑で入り組んでいる。我々は、日頃それらの内のほんの一部分だけをみて、人の世を生きているようだ。

その上で、何か人智では計れないような、不思議な模様の中を経て、この2冊の本は、ここに辿り着いたような気がしてならない…。天の上から、ピンちゃんは今、この世をどう見ておられるのだろうか?

さて、宅配便が届くと直ぐに、僕はそれを開封した。紙袋の中には、ビニール袋でさらに梱包されていた。防水のためであろう。それを、開ける。
すると、まだ付箋が幾つか付いたままの、『大学入試 必修物理』上下巻が現れたのである。よく来たね、ここまで、と本に声をかける。ブログを読む限り、ピンちゃんは、ヘビースモーカーだったようだ。確か、わかばを好んで吸っていた。

本のカバーが、少々汚れているのだ。僕は、ウェットティッシュで、表や裏を丹念に拭いた。煙草の汚れだったようである。ピンちゃん、これはちょっと吸いすぎかもね…と僕は、やや苦笑した。
中のページにも、においが付いていた。それで僕は、一層に故人を想うことが出来るのだけれども、息子はこのにおいをもしかすると嫌がるかも知れない。新聞紙をページの間に挟んで、におい取りの作業を行った。

ピンちゃん、少し悪いのだけれども、このにおいをちょっと消させて貰うよ…。そう念じながら、ページ大に切った古新聞を間に挟む。うちは新聞を普段読まないので、この古新聞は、奥から見つけて来た数年前の古古新聞である。

最後にこうして、また古新聞で包んで数日待つ。この後、この2冊の本は、息子がピンちゃんのように、大学へと進み、ゆくゆくは博士号を取得するまでの道しるべとなってくれるだろう。

ピンちゃん、本を譲ってくれて、どうも有難う。いつまでも大切に使わせて貰いますね。ピンちゃんのお兄さま、お忙しい中を大変に有難うございました。心より感謝いたします…。

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