盛夏のある一日、布団干しの最中にベランダから見た、あるものとは⁉︎ それは誰も知らないうちに出来ていたのだ…

トップの写真は数日前に撮った朝焼けである。午前4時過ぎくらいだっただろうと思う。
この日は、いつもより1時間以上も早く目が覚めてしまい、ベランダのハンモックで横になりながらコーヒーを飲んでいた。すると、東天が茜色に染まるところを認め、手元にあったiPad mini2で撮影したというわけである。そのため画質があまり宜しくないのだw

この時分で既に…というか一晩中、セミは鳴き止むことがない。多分、近所の桜並木に集っているのだろう。時折うちの方にも飛んで来て、ベランダに止まっていくことがある。前回の投稿では、干した布団にいたところを撮った写真を載せた。
先日は、こんなところに止まっていたのである。何処なのか、お分かりになりますかな…?

ベランダの上に張った茶色い日除けシートに止まっているのだ。よって、陽光が透けて見え、セミが生々しく写った。鳴きもせず、ただジッとしていたのである。あと、もう一枚。

こちらは、一昨日、部屋の中でパタパタとした羽音が聞こえてきたので見ると、カーテンの下の方に一匹、止まっていたのだった。外へ逃がしてやると、特に飛んで行くでもなく佇んでいる。大分弱っているのだろうか?と思った。
地上におけるセミの生活は極めて短い。この夏はまだ始まったばかりと言えるのだけれども、セミたちにとっては、幼虫の頃から何年もかけて重ねてきた生涯の謂わば今が末期なのであろう。そのようにして、我々とは異なる時間軸の中を生きているのだ、と思った。


さて、そんな盛夏、仕事場の塾では夏期講習が真っ盛りである。僕は中学生に毎日、3コマ(約3時間)の英語の授業を行なっている。夜間の比較的涼しい時間帯とはいえ、曜日も関係なく毎日やっていると流石に草臥れてくるというものだ。

そんな中、数日ごとに休講日が設けられている。束の間の休息だ。しかし、僕は何もしないというわけにもいかず、朝からいつものように空手の自主練を行った。ベランダでは布団を干し、仕事で着る衣類などを洗って乾かしている。
するとどうであろう。うちの庭に生えているミカンの樹に実がなっているのを見つけたのだった。この樹は、食べた後に出る種を蒔いておいたら生えてきたのである。それは彼此、十数年前になるだろうか。今までは幹や枝が伸びて葉が茂るだけであったのだ。

樹の高さは3〜4mくらいあり、実はてっぺん付近に付いていた。よって、下からでは見えないので、ベランダで布団干しをしているときに気づいたのだ。そのベランダからも2〜3mほどの距離があるだろう。いずれにしても、手が届きそうにない。

目下、確認できる範囲では、上の3個が実っている。もし取ることが出来れば、さてどうしようか。食べてもあまり美味しくはないかも知れない、と思う。よって、お風呂に入れてミカン風呂として楽しむのが良いかも。今はそんな風に考えているのだ。


さてさて、ここら辺でお薦め動画をふたつ程ご紹介したいと思う。いずれも音楽なので、(もし出来れば)ヘッドホンかイヤホン必須なのである。

ひとつ目は、先日リリースされたX Japanの新曲「Angel」。これを公式チャンネルから下に。

この曲は、何年か振りのシングル曲リリースということでも注目されていることに加えて、先達てTV番組で作曲者のYOSHIKIが自らピアノを弾きながら歌声を披露したことでも話題になった。YOSHIKIは普段、人前でこうして歌うことはなかったからだ。

そのため、一部ではヴォーカル担当であるTOSHIが今回は歌わないのでは?という予想もされていたのだけれども、蓋を開けてみるとTOSHIだったのであった。曲調に合わせた、実に自在な歌唱を再び聴かせてくれていると思う。
その一方で、僕は、このバックトラックを用いてYOSHIKIのヴォーカルに差し替えた謂わば別ヴァージョンも聴いてみたいと感じる。YOSHIKIの歌声もまた、この曲に相応しいと思っているからだ。でも、TOSHIが怒っちゃうかな?w

あと、惜しむらくは、結構重厚に練られたアレンジの中で、ストリングスやパイプオルガン、ヒューマンヴォイス(合唱のような声)がシンセサイザーの音であることが気になった。出来れば、それぞれ本物の音や声を使って欲しかったと感じるのである。
特に、Xは昔、ストリングスは生演奏で録音した弦楽器の音を使っていたものだった。そこがロックとクラシックの融合のようになってYOSHIKIらしかったのに、今回は何故シンセ音になってしまったんだろう?と思うのだった…。

お次は、クラシック音楽。下は、モーリス・ラヴェルの声楽曲「Trois beaux oiseaux du Paradis」。訳せば「3羽の美しい天国の鳥たち」である。この暑い盛りに一服の涼感を与えてくれるものとして選んだ。

僕は、この曲を聴くと、随分前に習っていたグレゴリオ聖歌を想起する。まさか、ラヴェルはグレゴリオ聖歌をフランス印象派的に解釈して、この曲を書いたのだろうか?などとも妄想してしまうのだ。まあ、僕の極めて個人的な印象である。
それは横に置いておいてw、この曲はとにかく美しく、タイトル通り天国的な楽想を持っていると思う。暫し現世を忘れる程に。これも題名からの影響か、鳳凰のような尾の長い鳥が豊かな羽を羽ばたかせながら頭上をグルグルと飛び回るイメージを与えてくれる。

では、皆さまにおかれましては、この幾分早い猛暑の日々でもご自愛なされますよう…。

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