探し物が、どうにも見つからない。一体、この家の中はどうなっているのか、実に摩訶不思議なのだ…

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トップの写真は、前々回に続いて、これも先週末に撮ったもの。朝顔である。青空によく映えていると思う。梅雨に入ったそうなので、このような清々しい空は、暫くお預けになるのだろうか…。

さて、本日と明日は、塾の仕事をお休みにした。加えて、明朝は、朝の仕事の方も休暇を取った。先達ての土日が仕事だったので、これは自主的な代休のようなものだw
そこで、本日は、ずっと気になっていたものを探したのである。僕が大学時代に使っていた、シャープのパソコン、X68000のゲームソフトだ。確か、まだこの家の何処かに、10本近くあるはずなのだけれども。

X68000の本体(PRO HD)とキーボードは、僕の部屋にずっと置いてある。でも、ディスプレイケーブルやソフトが全く見当たらないのである。数年前に、ちょっとゲームで遊んだ記憶はあるにはある。
でも、記憶はそこまでで、それ以降、ゲームソフトを何処へ仕舞ったのか全く覚えがない。困ったことだ。もう汗だくになって、天井裏の物入れの中を探し回ったのに、一向に出てこない。

もしきちんと仕舞ったのだとするならば、みかんかりんごの段ボール箱の中に全部入れてあるのだろう、と思う。それなりの大きさなので直ぐに見つかりそうなものなのに、実に不思議なことである。
まあ、この家は、こういったことが偶にあるのだ。以前も、ずっと探していた僕のレコードが、クローゼットの奥からひょっこりと出てきたことがあった。探すのを諦めて、忘れた頃になると出てくる。まあ、そんなものだw

それで、X68000のゲームソフトを見つけて何をしたいのか。別に、暇を見つけて遊びたい、という訳ではないのだ(…いやあ、それも無いとは言わないけれどもw)
この当時のパソコン用ゲームソフトには、外部に繋いだシンセサイザーからBGMを鳴らすためのデーターが含まれているものがある。大抵は、GS音源という、ローランド製のデスクトップ音源用のデーターである。

このデーターを使って、先達て入手したコルグのVolca FMを鳴らしてみよう、と思ったのだ。そのための方法も考えてある。あとは、そのデーターを見つけ出すだけ…でも見つからない。
一体、何処に置いてあるのだろう。ここにあるのでは?という目星は悉く外れ、探せども探せども見つからず。せっかく、Volca FMに関する次の投稿のネタにしようと思ったのに…。さて、どうしようか。


こちらの月も、先週末に撮った。日中は、前回のトップの写真のように、燦々とした陽の中で青空がよく見えていたのに、夜になると一転して曇り空となったのである。しかし、時折このようにして雲間から月が覗いていた。ちなみに、Snapseedで加工済み(以下同じ)。

このとき撮った写真があと2枚あるので、併せて載せてみたい。例によって(?)、新約聖書の終末に関する部分の私訳を付してみた。今回は、ヨハネの黙示録ではなく、マタイによる福音書とルカによる福音書である。


Εὐθέως δὲ μετὰ τὴν θλῖψιν τῶν ἡμερῶν ἐκείνων, ὁ ἥλιος σκοτισθήσεται, καὶ ἡ σελήνη οὐ δώσει τὸ φέγγοςαὐτῆς, καὶ οἱ ἀστέρες πεσοῦνται ἀπὸ τοῦ οὐρανοῦ, καὶ αἱ δυνάμεις τῶν οὐρανῶν σαλευθήσονται.
「これらの日々の苦しい試練の後、直ちに、太陽は暗くされ、月は光を出さず、星たちは空から落ち、天の力は揺り動かされるだろう」(マタイ 24:29)


Καὶ ἔσονται σημεῖα ἐν ἡλίῳ καὶ σελήνῃ καὶ ἄστροις, καὶ ἐπὶ τῆς γῆς συνοχὴ ἐθνῶν ἐν ἀπορίᾳ ἤχουςθαλάσσης καὶ σάλου,
「そして、太陽や月や星たちの中にしるしがあるだろう。それから、地上では、海が轟き押し寄せる混乱の中で、諸民族の困窮があるだろう」(ルカ 21:25)


さて下は、ギリシャ語の新約聖書原文を日本語に私訳するときに僕が利用する参考図書の写真。
Interlinearという英語で書かれた専門書のようなものと、田川建三博士の『新約聖書 訳と註』の語註のページ。いずれも、一冊5000~7000円くらいもするような高価な本なのだ。

田川建三博士といえば、その『新約聖書 訳と註』各巻の聖書本文を抽出して纏めた本が出るようである。つまり、「訳と註」の「訳」の部分が一冊になるのだ。


『新約聖書 本文の訳 携帯版』

上のAmazonのリンクには、まだ書影が出ていないようだ。発売は、約1ヶ月先の予定。僕は、『新約聖書 訳と註』を全巻所有しているけれども、こういった訳部分だけの分冊を心待ちにしていた読者のひとりである。
理由は、この『訳と註』シリーズ特有の構成にある。例えば、一巻全800ページくらいの内、本文の日本語訳は約70ページ、註は約730ページという割付になっているのだ。(「ヨハネの福音書」の場合)

すると、読者は註を読む合間に本文を読む、というような謂わば普通とは逆転した読み方になってくるのである。それならば、いっそ、本文は分冊になっていた方が参照しやすく、読みやすいという訳なのだ。
田川建三博士も、そのことをよくお分かりになっていたらしく、『新約聖書 訳と註』シリーズを完成させたら、本文だけを一冊にして発行します、と仰っていたことがあった。

それが、遂に実現の暁となったのである。大変に有り難いことだと思う。本文だけといっても、全部で8冊もある中から抜き出したのである。総ページ数はかなりのものとなり、ゲラ読みだけでも、さぞや大変だろう、と拝察する。
日本語訳の新約聖書は、僕が知る限りでも、20種類以上に及ぶ。これは、公式訳も様々な個人訳も含んだ上である。田川建三博士の訳は、多分それらの中でも最高水準を誇るものだと思う。興味のある方には、是非ともお勧めしたい一冊である。

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