生憎の曇天で写真を撮ることなく、娘の英語の勉強を見てやる日曜日なのだ…

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本日は、朝から曇り空である。実は、午前6時ごろに、南天の西の方から東にかけて、ISS(国際宇宙ステーション)が空を明るく横切る筈だった。昨夜までは、それを観るつもりでいた。

しかし、珍しくどっぷりと寝入ったせいか、起きてみたら7時過ぎであった。前の晩、午後10時ごろには既に、本を読みながらウトウトし始めていたのだ。
朝起きて、ああISSを見過ごしてしまったな、と思いカーテンを開けたところ、曇り空であった。6時前に起床して待っていたところで、見られなかった筈だ。少しほっとした…。

そんな訳で、午前中にこれまたやや珍しく、FedExのけたたましいジェット音が聞こえたとしても、撮ることは出来ない。文字通り、雲の上の出来事である。空の撮影は、一切諦めた。
しかしながら、僕にはやるべきことがある。中3の娘の、英語の勉強を見てやるのだ。高校入試の日は目前である。受験勉強の仕上げの手伝いをする。

思えば、もう2年前だろうか、息子の高校受験のときには、夏休み以降、殆ど毎日のように勉強の世話をしたものだった。娘もそうであるけれども、息子は塾に通っていなかった。
この辺りではきっと、珍しいことであろうと思う。まあ、月々の支出や子供たちの性格などを考えて(理由は色々あるけれども)、結局通わなかったのである。

それでも、息子は理科や数学のような理系科目に関しては、模試で偏差値70をゆうに超える、またはそれに近い数字を毎回叩き出していた。だから僕は、主に英語や文系の科目を見てやったのだ。
特に、英語には力を入れた。語彙の習得や、読解力の養成、リスニング力の強化、英作文の練習…である。日々課題を与え、僕は仕事を終えると、その添削をしてやり、次の課題を用意した。土日は、日がな一日、膝詰めだった。

その繰り返しを結局、半年以上続けたのである。すると、息子は次第に、勉強しながら体を痒がるようになった。冬の頃だったろうと思う。当初は、乾燥しているからだろうかと思ったのだ。
皮膚科医で診て貰ったところ、ストレス性の蕁麻疹でしょう、ということであった。多分、勉強(特に英語)がキツかったのだろうと思う。入試が終わって高校に入学したら、痒がることはもう、一切なくなったのだ。

僕は、人からよく、塾の先生ならば、お子さんの勉強を見てあげられるでしょう、良いですね、と言われる。半分はその通りなのかもしれない。教えるということについてのノウハウのようなものを、一応持っているからだ。
でも、もう半分はハズレだろうということが、上の事例を通して感じるのである。僕は、息子に関しては、高校に入って以来、勉強を一切見てやっていない。

私立の、しかも相当に勉強をさせるということが、この地域の中では知れ渡っているような高校に入ったから、ということもある。もう、学校にお任せ、ということだ。しかも、担任が2年間、同じ英語科の先生である。
そのもう片方で、僕は息子の勉強に今後は余り関わらない方が良いのだろう、という気がしている。高校の勉強のレベルは、中学の比ではない。次は、蕁麻疹どころでは無いかも知れないのだ。

だから、昨年の投稿に幾つか書いたような、大学のオープンキャンパスへ連れて行ったり、理系の大学や受験に関する様々な情報を与えたり、といったような側面からの支援に徹している。
きっと、そのような距離感で良いのだろう、と思っている。息子は毎日、大好きな数学や物理、化学の勉強ばかりをせっせとやっている。相変わらずそれらの偏差値は70以上かその辺りだ。たまに、英語の勉強もやっているのを見かける。

さて、娘である。本日は、娘の高校入試の勉強を見てやったのだ。娘にいま必要なことは、もうある程度限られている。そこで、リスニングの練習をしておくことにした。
これは、毎年出題のパターンがまるで同じなので、攻略が比較的簡単なのだ。問題の中のここに注目しながら音声を聞くとか、問題文のこの言葉が実はヒントになっているとか、そういったことを念入りに伝えた。

それで、1回15分くらいのリスニング問題を7年分やってみたので、僕の解説の時間なども含め、全部で4時間近くかかった。勿論、昼食など途中で休憩を挟みながら。
これで、リスニングをだいぶ得点源に出来るだろう、と思う。読解問題などについても、同様にパターン化されたような攻略法があるにはあるのだけれども、正直いって娘のいまの力では、そこまでは難しいかも知れない。

まあ、今日1日だけでも、僕の娘の勉強に対する責務(…と言えば良いのだろうか)を、全部ではないにせよ、果たすことが出来たような気がする。今はそんな風に、やや疲れている…。



(出典:NOMAS「Teodor Currentzis」

さて、僕が最近ハマっている、ギリシャ出身の指揮者テオドール・クルレンツィスだけれども、ネット上でインタビュー記事を見つけた。上は、そのページのスクリーンショット。
クルレンツィスが、まるで若き日のブラピばりにポーズを取って写真に納まっている。その上に載せられているコピーは、’POETRY IS THE ONLY THING THAT INTERESTS ME’である。

「詩は、唯一私の関心を惹きつけるもの」という意味なのだろう。以前の投稿で僕は、クルレンツィスを「音楽だけでなく、哲学や文学に通暁していることがよく解る」と書いた。
案の定というべきなのか、クルレンツィスは文学の世界が余程にお好きなようである。僕も、大学時分には、英詩ばかりを読んでいた。近くに英詩人の教授がおられた、ということもあろう。自分で書いてみたこともあった。

このインタビューの冒頭、先達ての『悲愴』のライナーノーツのときのように、興味深い語録が見られたので私訳を行ってみた。話し言葉だったせいなのかどうなのか、文法的に分かりにくい箇所があったのだけれども、どうにか。

‘Freedom is an ideal, small morsels of which we have in our daily lives. But it is the carrot you dangle before the horse, and as the horse runs to catch the carrot it moves the cart.’
「自由というのは、ひとつの理想であり、私たちの日常生活の中にある小さな糧である。しかし、それは馬の前にぶら下げたニンジンだ。馬がそのニンジンを取ろうと走れば、荷馬車が動く。」

‘But you cannot have absolute freedom. Once you realise this, you become freer. And first of all I mean one’s personal freedom which is not dependent upon other areas, upon religion or the State’.
「しかし、あなたは絶対的な自由を持つことは出来ない。一旦このことを悟れば、あなたはもっと自由になれる。何よりもまず、個人の自由とは、他の領域に左右されず、宗教や国にも左右されないものなのである。」

うーん、相変わらず思索的なことを仰る。こういった言葉を使うクリエイターが、僕は大好きなのである。グレン・グールドや坂本龍一キョージュの発言や語録は、既に本に纏められている。
テオドール・クルレンツィスの、こういった発言や文章も、そのエッセンスを近い将来、誰か本にしてくれないだろうか、と僕なんかは密かに期待しているのだ。それはきっと、海外になるだろうけれども…。

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キョージュの語録といえば、これ。読んでいるうちに、『async』の制作に至る思考のプロセスが垣間見えるような気がします…。分厚くて、読み応えがあるのも良いですね。

坂本龍一 著『龍一語彙 二〇一一年 ‐ 二〇一七年』
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