夢を見た。先達てに引き続いて、僕の実家がその舞台である。
僕は、蚊のような虫でいっぱいになった部屋の窓を、再び戸締りしようとしていた。ついさっき、鍵を掛けておいた筈なのに、それを開けた形跡があったのだ。何者かが侵入したのだろうか?
これはおかしい。鍵が自然に開くわけでもない。誰かがこれをこじ開けて、この窓から家の中に入ったのだ、僕はそう確信した。念のために、何か長い物を持っていよう。そう考えて、細くて長い竹の棒を見つけた。
しなりがあるので、誰かが出てきたとき、これで叩けば役に立つだろう。そんなことを思いながら、僕は棒を2、3度振ってみた。ヒュンヒュンと空気を切る音が鳴る。そっと戸を開けて、忍び足で廊下に出た。
薄暗く長い廊下は、向こうまで見渡すことが出来ない。取り敢えず、キッチンを覗いてみたけれども、母がいるだけだった。窓の鍵をこじ開けて誰かが家に入ったかもよ、とだけ告げて、僕は階段を上がって2階へ行ってみることにした。
上の階には、僕と弟が使っていた部屋と、両親が使っていた部屋のふたつがある。先ず、僕たちの部屋に入ってみることにした。それから、押入れを素早く開けて、中を見る。怪しいものは何も無い。背伸びをしながら、天袋を覗こうとしたそのとき…。
「ねえ…」と背後から声が掛かった。ビクッとして振り向くと、叔母が古びた炊飯器を持って立っていた。僕の母の妹である。美人の誉が高く、時折この家に遊びに来ていることがあったのだ。
「えみちゃん」みんな、叔母のことをそう呼んでいた。えみちゃんは品の良さそうな微笑を湛えながら、「これ、どこに仕舞おうか?もう置く場所が無いのよ…」と訊いてきた。どうしてなのかよく分からないけれども、この家の片付けを手伝っているようだった。
僕は少し考えたあと、「じゃあ、天井裏に置いておけば?」と提案した。どうやって天井裏まで上がったらいいのか、えみちゃんは困惑しているようだった。でも、僕は侵入者を見つけなければならないのだ。先を急いだ。
隣の部屋へ行った。その和室の奥には、母の嫁入り道具のひとつである、大きな箪笥が置いてあった。これはもう、30年以上もこの場所に鎮座している。開けると、樟脳の匂いが立ち昇ってくることだけは知っていた。
ふと、更に奥を見遣ると、箪笥の背よりも高い位置の壁に、小物入れのようなこぢんまりとした扉が設けられていることに気づいた。僕は、その場所まで近づき、そばに置いてあった椅子に乗った。この椅子は、こうやって使うためのものなのだろう。
目の前まで来ると、小さな扉は、上下にふたつあることが分かった。以前は、ここにこのようなものは無かった筈だ。きっと、最近になって作ったのだろう。僕は、上の段の扉をそっと開けた。
木で出来た観音開きの扉だった。開けるや、中から眩いばかりの光が溢れ出た。神々しい程である。不思議なことに、この壁の厚さ以上の奥行きがあるように感じられた。一体、何処の世界と繋がっているのだろう…と思えるくらいに。
目を凝らしてよく見ると、内側には大きな寺院の天井画に見られるような、色取り取りの模様がびっしりと描かれていた。実に凝った作りである。そして、白く小さな箱がひとつ置いてあることに気づいた。
これは納骨室だ。いつだったか、教会の礼拝堂の奥で見たことがある。まるでコインロッカーを縮小したような小さな区画に、骨壷を安置しておく。それとよく似たものが、いつの間にかこの家の奥にも設けられていたのだ…。
「それ、あなたのお母さんが作って貰ったのよ」部屋の入り口から、えみちゃんの声が聞こえた。続いて、「天井裏に、これ置けないんだけど…」と、少し拗ねた声色で不満そうに言う。炊飯器のことである。「じゃあ、そこに置いといて下さい」僕は返事をした。
すると、そのとき「きゃあ!」と悲鳴が響いた。また、えみちゃんである。「ここに、誰かいる!」「ちょっと、ちょっとお」何かを避けているようなバタバタとした足音が聞こえてきた。何やら大変なことになっているようだ。
僕は、納骨室の扉をそっと閉めると、椅子から飛び降りて部屋の外に出た。見ると、廊下のカーペットに、こんもりとした人間ひとり分の山が出来ていた。明らかに、その下には誰かがいる。この山がモソモソと移動しているのだ。
きっと、これがあの侵入者だ。僕は下の階から持ってきた竹の棒で、前後に動く山を叩いた。しかし、盛んに叩けども、どうも効き目が見られない。こうなったら!と意を決して、先の鋭く尖った部分で思い切り突いた。
「ぎゃああ…」濁った叫び声と共に、カーペットの下から人影が現れた。それはそのまま、四つん這いになって壁をよじ登っていった。まるで、巨大な黒光りの昆虫だ。
その虫のような人間は、仰向けになって床の上に堕ちた。銀縁の四角い眼鏡を掛けた、見知らぬ男だ。僕は、その男の首根っこを掴んで、そのまま引きずりながら階段を下りて行った…。
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下のリンクは、週末に図書館で借りたDVDで観た映画です。山田洋次監督作で、音楽は坂本龍一キョージュ。元が舞台作品だったのかどうなのか、舞台演劇のようにして物語が進んでいきます。それにしても、ラストとエンディングにはぶっ飛びました。いろんな意味で、とても山田洋次作品とは思えないシーンです。強いて言えば、寅さんの夢オチのアバンタイトルみたい…でしょうか?w(やっぱり、違うかなあ)若しくは、懐かしの丹波哲郎さんの映画かと思いました(観たことはないですけれども…)。もし、これが山田監督の遺作となったらどうしよう…とも感じたのですが、その後も『家族はつらいよ』で作品づくりを続けておられますね…。
あと、蓄音機で鳴らされるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲に合わせ、二宮くんが青い影絵のオーケストラに指揮をするというシーンがありますが、あれはきっとディズニーの『ファンタジア』へのオマージュでしょう。寡聞にして何方も指摘しておられないようですので、一応ここに書き置いておきます…。
『母と暮せば』(DVD)
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