ゆうべ遅く、うちのねこが、とうとう逝った。家族みんなに愛され、きっと幸せな生涯だっただろうと思うのだ…

2018年11月15日午前1時55分頃、うちのねこが息を引き取った。19歳と約6ヶ月だった。これだけ長生きをして、最期の最期まで本当によく頑張ったと思う。

僕は、そのとき自室で眠っていたのだけれども、人の嗚咽するような声でふと目が覚めて、ねこが寝ていたリビングのソファのところへ行くと、かみさんと息子が亡骸と共にいたのであった。
この晩、息子はねこを自分の布団へ連れて行くのではなく、自分がこのソファで横になって一緒に寝るのだと言って聞かなかった。そして、かみさんもその後、夜中になって、ソファのところへ様子を見に来たのだという。

ねこは、日曜日の日中、胃の内容物を嘔吐した際に、舌を噛んでしまったらしい。以来、それを気にして、口をしきりに動かすようになった。すると余計に舌の傷が広がり、出血するようになったのである。
それと同時に、老衰が一層進んだのか、夜遅くになってから徐々に息が荒くなってきた。呼吸が苦しくなってきたのだろう。それから深夜には、とうとうハアハアと言い始めたのだそうだ。

最期は、口の中に少し溜まった血を吐き、2度ほど深呼吸するように大きく息を吐いて、静かに身罷ったのだと言う。大往生だった…。

幼ねこのときに拾ってきたので、正確な生年月日は分からない。でも多分、1999年の5月くらいの生まれだと思う。以来、19年と半年、うちで1日も絶やさず、毎日毎日たくさんの愛嬌を皆んなに振りまいてくれた。
実のところ、僕は昔どちらかと言えば、犬好きのほうだったのである。でもすっかりと、ねこ派に宗旨替えをした。これは、うちのねこのお陰だw

普段は喜怒哀楽の中でも特に怒哀を余り露骨に表さない息子が、ねこの亡骸の前でぼろぼろと大泣きをしていた。僕は、その声で目を覚ましたのだ。
取り分け息子にとって、うちのねこは、一緒に育ってきたきょうだいのようなものだった。小学生の頃から、夜は必ず一緒に寝て、勉強するときには決まって膝の上に置いていたのである。息子は、「ちいぃぃー」といつも呼んでいた。

そう、うちのねこは「ちいーちゃん」という名前だ。拾ってきたときにはニャーと上手く鳴くことが出来ず、いつも「ちいーちいー」と鳴いていたから、そのように名付けられた。
大きくなってニャーと鳴けるようになってからも、見た目は仔猫の当時と殆ど変わらず、いつまでもいつまでも可愛らしいままの、家族に愛され続けたねこだった。

うちに来てくれて、そして僕たちとずっと一緒に過ごしてくれて、本当にありがとう…。今は、そんな言葉しか思い浮かばない。さようなら、という気がしないのである。…何故だろう。(トップの写真は、2000年3月6日に撮影したもの)


明けて、本日。僕はきょうも、塾の授業がない日なので、そちらの仕事の方はお休み。あしたは授業があるので、行かなければ。それで、夕方から、庭の片隅に縦横深さ50cmくらいの穴を掘った。ちいーを埋葬してやるためである。

僕は、中学高校の頃に実家で約5年のあいだ飼っていたニワトリや、結婚した頃に1年半くらい飼っていたハムスターを亡くしたときには、数年間ポッカリとしたものが心の中にずっと残っていたものだった。
ちいーは、僕のこれまでの人生の半分近くの期間を占めていた。そう考えると実に長い時間いたものだなあ…と思う。振り返ればあっという間だけれども。多分もう、一生ポッカリとしたままなのかも、とも思う。

それでも何故か、上に書いたように、さようならという言葉は、どうしても僕の中から出てこないのだ。こうして文章をしたためていても、ありがとうしか書けないのである。何故だろうか?もう会えないという気が、どうしてもして来ない。
だから、ちいーは、うちの地所の中に葬っておいてやろうと思っている。帰宅したときの自転車置き場からも、リビングのベランダからもよく見える場所だ。

もう、部屋の中を歩き回ったり、膝の上に乗ったりして来なくなったわけだけれども、そのようにして、いつでもすぐ側にいるという感じだけは残しておきたいのだ。

そういえば、息子は昨夜、火葬してやって骨を残しておきたいと言っていた。理科系がいくら得意でも人体や生物の骨格だけは怖がっている子が、随分と珍しいことを言うと思った。
でも、僕はちいーの亡骸を人為的にそうやって変化させてしまうことには余り賛同しない。地に埋めて、あとは自然の力に任せたいと考えている。息子は理解してくれるだろうか?こんや学校から帰って来たら、話してみようと思っている…。

僕がせっせと穴を掘っていたら、外遊び中のうさぎが興味津々の様子で見に来た。近寄っては、何度も穴を覗き込むのである。うさぎには穴を掘る習性がある。きっと、人間が何か面白そうなことをしているな…と思ったのかも知れない。

作業中、秋晴れの大空をジェット旅客機が、短く尾を伸ばしながら横切っていった。地上からはこんなにも小さく見えるのだけれども、あれはとても沢山の生命を乗せて運んでいるのだなあ…と、つい虚空を見つめながら、いつにないことを思ってしまった。

……

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