YMOのコンピレーション『NEUE TANZ』について、もう少し。やっぱり、これは素晴らしいCDなのだ…

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今朝は、いつもの早朝の仕事を休みにした。それには、ある事情があったのだ。結局、それは空振りだったのだけれども…。

しかし、お陰で、午前中は少々ゆっくり出来た。実に、有難いことである。まだ観終わっていなかった、映画『黒部の太陽』の第2部を観て、そのまま、Blu-rayプレイヤーに繋いであるサラウンドシステムで、YMOの『NEUE TANZ』を聴いた。
『黒部の太陽』は、第2部の1時間半余りも、第1部同様とても見応えがあった。遂にトンネル掘削に成功する裏で、ある登場人物の身内に不幸が訪れるなど、物語が重層的な構造へと変化してゆく。

数多い掘削工事のシーンも圧巻だった。掘っては崩れ、また掘っては大水が出るの繰り返し。聞きしに勝る難工事だったのだ。セットとは言え、撮影もさぞや大変だっただろう、と思う。
その一方で、やや気になったのは音楽。担当は、生前『題名のない音楽会』司会をされていたことで有名なM氏である。右派の論客としても知られていた。この方の作曲された音楽が、(大変申し上げにくいのだけれども…)どうにも陳腐なのである。

勇壮な場面では勇ましく、悲嘆のシーンでは悲しく、といった具合に音楽を作ろうとされたのはよく分かる。でも、本当に、そのまんまの音楽なのだ…。余りにも場面説明的と言うか。
僕は、この映画をDVDで鑑賞しつつ、例えば武満徹氏であれば、この場面にはどのような音楽を作っただろうか…というようなことばかりをつい、考えてしまった。タケミツであれば、そんな曲調にはしなかっただろうに…等と。

でもまあ、この当時の日本では一般的に、映画に音楽を当てるというのは、それ程までに作曲家の個性が求められるものではなかったのかも知れない。この作品は、芸術映画というよりは、社会派ドラマの映画であった訳だし…。
そのようなことを思っても尚、『黒部の太陽』は良い映画だったと思う。長くソフト化が実現していなかった作品だそうだけれども、こうしてDVDを図書館で借りて観ることが出来て、とても有難く感じている。

それから聴いた、YMOの結成40周年記念コンピレーションアルバム、『NEUE TANZ』。前回の投稿で、このCDの開封の儀について書いた。そして、取り敢えず、フルコンポとCDラジカセで聴いたのである。
きのう感じたのは、フルコンポで聴いても、CDラジカセで聴いても、其々きちんと音が明確に立ってよく聞こえる、ということだった。ラジカセのショボい(失礼…)スピーカーでも、音がショボくならないのである。

僕は普段、朝食や昼食を食べながら、このCDラジカセでクラシック音楽を聴いている。実は、オケの音がかなりショボくなるので、余り使いたくはないのだけれども、仕方がないので我慢している。
そう、ラジカセは、音がショボいのであるw まあ、一種の簡易再生装置なのだから、そういうものなのだ。でも然し乍ら、『NEUE TANZ』では、そんなショボさを超え凌いで、実に良い出音を聞かせてくれている。これは、凄いことなのでは?

そのようなことがあったので、自然と、サラウンド再生にも期待がかかる。『黒部の太陽』を観終わったばかりのBlu-rayプレイヤーに、『NEUE TANZ』を挿れた。きのうと同じく、「デデデッデデ」というシーケンスのイントロで始まる。
自室のサラウンド用に使っているスピーカーは、フルコンポに繋いでいるそれらよりは小型である。BOSEの121などを使っているのだ。やはり、音の際立ちが良いというか、倍音成分が明瞭に聞こえて来る。実に、気持ちの良い音だ。

この装置で聴いていて、特に気付いたことは、音色によっては、左右の耳のすぐ側で鳴っているように聞こえるものがあるということである。まあ、これは一種のサラウンド効果なのであろう。それがまた、実に気持ち良いw
ちょっと立体音響を体感のYMOというわけなのである。普通、ステレオ再生のCDを聴いていて、ここまでの効果を感じるということは他では殆ど全くない。リマスタリングのまりんさんが、『NEUE TANZ』でそこまで狙っていたのだとしたら、尚更に凄いことである。

前回の繰り返しになるけれども、この『NEUE TANZ』は「買い」だ。逡巡されている方は、是非とも思い切って買ってみたら宜しいのでは、と思う。損は、しませんよw
そして、もし出来れば、『NEUE TANZ』の続編が出来たら良いのになあ…とも思うのだ。つまり、まりんさんのYMOリマスタリングシリーズ、第2弾であるw 勿論、次もテイ・トウワ氏のツウな選曲で。これ、いつか実現しないかなあ…。

YMO『NEUE TANZ(完全生産限定盤)』 [Analog]
『NEUE TANZ』は、LP盤も発売されているのだ。キュージュの『async』のときと同様、これも買ってしまおうか、どうしようか…。


さて、トップの写真は、ケージの中で大人しくしている、うちのうさぎ。実はこの写真、先達て書いた、ケージの中に敷いてある新聞紙ビリビリ事件(?)の後に撮影したのである。
その投稿で僕は、ビリビリになった新聞紙をかみさんが後で片付けた、といった様なことを書いた。トップの写真は、片付けた直後の状態なのだ。もう暴れずに、じっと座っている。良い子だw

その座っている足元の新聞紙が、とてもカラフルで可愛らしいのだけれども、これは梅酒の全面広告。黄色や赤色の丸は、水玉模様というわけではなく、梅の果実なのである。
うちのうさぎは、新聞紙の上での生活を数ヶ月のあいだ続けているせいか、手足の裏の毛が真っ黒になって来てしまった。多分、紙面のインクが擦れて落ちたのであろう。

こうして、うさぎがお座りする場所にカラーの紙面を敷いたのは、手足真っ黒を防止する目的もあるのだそうだ。でもまあ、今更な感じがするのだけれども…。
でも、真っ白なうさぎにカラフルな模様の紙面は、何処となく良くお似合いの様な気がする。お行儀よく座っていて、益々可愛いのであるw

(「くんくん…」)
……
そうそう。あと、先達ての大花火大会の写真をば。今回も、どうぞお楽しみの程を…。

上の写真は、落ちて消えゆく火の粉を撮ったもの。前回同様、星型に輝いているものがあったのだ。そして、他の火の粉は、細かく仄かに燃えているので、銀河か星雲の様にも見える。つまり、天体写真を模した具合にも見えて、僕は気に入っている。

今回の花火大会では、シャッタースピードを色々に変えながら撮っていった。長めに設定したものは、上の様に、打ち上げ時に昇っていく火が写ったものも多かった。花火の写真は、これが写っていると、何だか一味違う感じがするw

この写真は、前半で撮ったのだろう。何故ならば、右の花火の一部が木に隠れてしまっているからだ。それで前半終了後、場所を変えて、打ち上げ地点から300mくらいの所まで行って陣取った。勿論、そこも観覧場所である。至近で大迫力だったのだ。

まるで、夜空の中の線香花火の様な写真になったw こういった光り物の花火は、シャッタースピードによっては露出オーバー気味となって、綺麗に写らないことがある。これは、タイミングが丁度良かったのだろう。実に程良く写ってくれたと思う。

この大花火大会は、市長が実行委員長で、5年前にも開催されたのだそうである。…ということは、5年後にもまたやるのだろうか?もし、そのとき市長が別の人になっていたら、実施を見直されてしまうのかも。目下3期目の現市長におかれては、次の選挙でも頑張って頂かないとw …なんてね。(この項、次回につづく

……

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