軽井沢を訪問したあと、実家に行って、あれやこれやと見聞きしたのだ…

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実質的には、前々々回の続きである。旧軽井沢にある、コラムニストで作家の勝谷誠彦氏の邸宅を訪問したあと、その足で僕は実家に向かった。

そして、そこに泊まり、翌日は息子の大学のオーケストラの定期演奏会に出掛けた。曲目は、チャイコフスキーのバレエ組曲「眠りの森の美女」とマーラーの交響曲第1番「巨人」である。
あと、かみさんから言付かって、息子あての誕生日プレゼントを持参した。ポケモン柄のシャツだ。何やら、わざわざ米国のショップから取り寄せたらしい。手が込んでいるなあw

息子は、バイトのために夜遅くに帰宅した。話をすると、SWITCHのドラクエ11を既に買ったようである。僕はまだ、3DS版すら未クリアなのに、「パパ、ドラクエ11はSWITCH版の方が良いよー」とか言うw

それから、母と色々と話をしているときに、娘が母に似て見えることがある、と僕が言ったら、満更でもない様子で「私もそう感じていた」というようなことを母は宣う。つまり、娘はやはり、僕の母方の似なのである。
そして、母の母(つまり祖母)の学生の頃の古い写真を持って来て、母はこれを娘の写真と並べた。「ほら、似ているでしょう」と。トップがその古い写真である。

祖母は、高等女学校を出た後、小学校の教師をしていた。そのセピア色の写真の中では、絵を持って、まるで緊張しているような面持ちで座っている。僕の初めて見た写真だった。祖母は、僕の母が幼い頃に夭折したので、僕は一度も会ったことがない。
でも、写真の中にいるその人は、確かに何処かで見たような気がしてくるものだから、不思議である。これがとどのつまり、血というものなのか…?畢竟、これもまた争えない、ということなのだろう。

この写真は、恐らく昭和10〜12年頃に撮られたのだと思う。この後、祖母は女学校を卒業し教師となり、旧武家の次男だった祖父と結婚する。戦中には、開拓のため祖父と共に満州へと渡って娘をふたり産み(次女が僕の母)、戦後程なくして亡くなった。
まだあどけなさも残る理性的な佇まいの向こうに、そんな激動の短い人生が待っていようとは思いもしなかっただろうに。しかも、たったのあと10年しか残されていなかったのだ…。これが、人生とはときに酷薄だ、と僕が思う所以である。

それで思い出したことがある。僕が幼い頃、母がポツリと言っていたことがあるのだ。
「ひとりだけ、会えることが叶う人がいるならば、死んだお母さんにまた会ってみたい」と。その当時、僕はそれを聞いて、ふうん、としか感じなかったけれども、今はその会ってみたいという気持ちが何となく分かるような気がするのだ。

あと、この写真で、左に立って写っているもうひとりの女学生は、祖母の妹なのだそうだ。これも、母から聞いた話である。祖母の妹も、高等女学校を卒業した。実に優秀な姉妹である。
女学校を出てからは歯科医に嫁ぎ、その子供たち(つまり母のいとこ)を皆、歯科医師に育て上げたということだ。現在は子供たちが、神奈川で歯科医院をチェーン展開しているとのことである。

その後、僕はこの写真と母からの話を基にして、400字のショートショートを書いた。いつものように「ショートショートガーデン」に投稿したのである。
このサイトでは目下、テーマが「節目」で募集中となっているコンテストがあるので、これに応募しておいた。ひとり3作品まで受け付けてくれるので、そのうちの1作品だ。


(出典:「ショートショートガーデン 『白ねこのため息』」)

さて、翌日は午前中、母に頼まれ、庭の柿の木や松の木によじ登って、伸び過ぎた枝を鋸で切った。父や息子がいつもいるのだからやって貰えば良いのに、と思うのだけれども、木登りは多分、今は僕がいちばん上手い筈だw あー、だから僕に頼んでいるのか…。

そして、午後から息子と自転車で出掛けた。ちょっと良い陽気で暖かだった。サイクリング日和である。僕はそのまま、大学オーケストラの定期演奏会へ。息子は大学のキャンパスへ向かった。図書館で課題をやるのだそうである。
この演奏会の会場に僕は初めて入った。主ホールと呼ばれる場所は、客席は割と多いようだけれども、ステージが低い上に近く見える。フルオケが全員乗ると、もう目一杯という広さだ。向こう側の壁が真っ黒だし、これはまるでライブハウスみたいなのである。

客演の指揮者は前回の定期演奏会と同じ人だった。実にキビキビと振るのでオケのレスポンスも良いように思われる。きっと相性が良いのだろう。今後も共演があれば、と思う。

さて、この会場の優れているところは、回廊のようにぐるりと円く作られたロビーにもあった。
ここでロビコン(ロビーコンサート、上の写真)をやると、良い具合に反響して回廊の隅から隅まで十分に聞こえるのである。むしろ音が増幅しているのでは、と感じる程に。実によく考えられた設計だと感じたのだった。

一方で、仕事場にお土産で買おうと思っていた大学まんじゅうが、今回は会場で販売されていなかったのが唯一残念。念のため、大学のキャンパスまで足を延ばしてみたけれども、やはり大学生協は休みだったのだ。
じゃあ、図書館に息子はいるかな?と覗けども確認できず。仕方がないので、大学裏で夕焼けの写真を撮って帰った。すると、息子の方が先に家に帰り着いていたのである。10分ほどの差であった。


(大学裏の夕焼け。ニコン P900のトワイライト撮影モードを使用)

あとそれから、定期演奏会のあと大学へ向かう途中、会場の向かいに市立の美術館があることに気づいた。その建物は、この市の出身者である有名美術家の水玉模様にデコされていたのだ。
そして、この前の大通りを走る乗合バスまでも、赤の水玉模様になっていたのだw これは面白い。僕にとって、あれもこれも、ふるさと再発見なのである…。

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マーラーの交響曲第1番「巨人」を聴くと、僕はいつも「巨人」というよりは、何か宇宙的なイメージを抱いてしまいます。もう、冒頭のキラキラした雰囲気から、正にそれなのですよw 交響曲第1番「大宇宙」と名づけたくなってくるくらいに…。
さて、この曲はブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏が、名盤の誉れ高いですね。テンポ感があって快活な演奏です。流石、マーラーの愛弟子だけのことはあります…。

『マーラー:交響曲第1番「巨人」』
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